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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2490号 判決

控訴人 信越木材産業株式会社 外一名

被控訴人 小林経子

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴人らの当審における新たな各請求をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら訴訟代理人は「(一) 原判決を取り消す。(二) 被控訴人は、控訴人信越木材産業株式会社に対し金三五九万七四九五円、控訴人昭和林業株式会社に対し金六二四万五九一三円、及び右各金員に対する昭和五二年三月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示中控訴人らと被控訴人に関する部分と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目表一一行目「被告会社に対する請求について」を削除し、同末行及び同裏四行目の各「原本」をそれぞれ「原木」に改め、同七枚目表六行目「同人」を「被控訴人」に改め、同裏五行目から末行までを削除する。)。

(控訴人らの主張)

1  原審における有限会社法三〇条ノ三第一項前段に基づく請求についての補充

第一審相被告有限会社小林林業(「小林林業」という。)が昭和五二年一月二〇日、その所有にかかる別紙物件目録(二)記載の不動産につき、訴外鈴木政富のために設定登記した抵当権の被担保債権は、小林林業の代表取締役であつた第一審相被告小林正人が、賭事などの資金として費消するため、訴外鈴木政富から借り受けた金銭消費貸借契約に基づくものである。訴外鈴本はその後長野地方裁判所松本支部へ右不動産の競売申立てをし(同支部昭和五二年(ケ)第四号)、その競売代金から右債権の一部の弁済を受けた。被控訴人が小林林業の取締役として忠実にその職務を遂行していたならば、正人の右違法行為を容易に知り得た筈であり、被控訴人は右義務を尽さなかつた結果、正人の右違法行為を見逃し、小林林業を倒産に至らせ、小林林業の債権者である控訴人らの債権の取立てを不能に帰せしめた。従つて、被控訴人は、取締役としてその職務を行うにつき重大な過失があつたことになり、有限会社法三〇条ノ三第一項前段によりこれによつて被つた控訴人らの損害を賠償すべき責任がある。

2  有限会社法三〇条ノ三第一項後段に基づく請求

仮に小林林業が訴外鈴木から前記金員を借り受けたとしても、小林林業の貸借対照表及び損益計算書その他の計算書類には右借入金の記載がなく、小林林業の代表取締役であつた正人は、小林林業の経営内容を紛飾するため虚偽の記載をした。被控訴人は、小林林業の取締役として監視、監督すべき正人の右行為に黙示的に同意した。小林林業はその後前記のとおり倒産して支払不能となり、控訴人らは前記各債権相当の損害を被つた。従つて、被控訴人は、有限会社法三〇条ノ三第一項後段、三〇条ノ二第二項により、控訴人らの被つた損害を賠償すべき責任がある。よつて、控訴人らは被控訴人に対し控訴の趣旨記載の金額の支払を請求する。

3  有限会社法三〇条ノ二第一項、第二項、債権者代位に基づく請求

小林林業の代表取締役であつた正人は、前記のとおり小林林業が訴外鈴木から金員を借り受けたものとして、小林林業所有の不動産に抵当権を設定し、訴外鈴木がその抵当権の実行として競売申立てをし、その結果第三者に金一七〇六万五二九六円で競落されるに至り、小林林業は右不動産の所有権を喪失し、少くとも右競落代金と同額の損害を被つた。被控訴人は、前記のとおり正人を信頼して自己の印を預けて被控訴人の相続にかかる前記不動産を担保に供し、小林林業の経営の一切を正人に委ねていたものであるから、正人の業務の執行につき黙示的かつ包括的に同意を与えていたことになる。従つて、被控訴人は、有限会社法三〇条ノ二第一項、第二項により小林林業に対し、その被つた前記損害を賠償すべき責任がある。そして、小林林業はその後前記のとおり倒産し、無資力の状態にある。よつて、控訴人らは小林林業に対する前記債権を保全するため、小林林業の被控訴人に対する右損害賠償債権を、控訴人らの右各債権の限度で代位行使して控訴の趣旨記載の金額の支払を請求する。

なお、原審でした請求中、被控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、これを取下げる。

(被控訴人の主張)

控訴人ら主張1の事実のうち、小林林業がその所有にかかる別紙物件目録(二)記載の不動産につき、訴外鈴本のため抵当権を設定し、かつ、その登記を経由したこと、訴外鈴本が右抵当権の実行をするため競売申立てをし、その競落代金が同訴外人主張の債権の一部弁済として支払われたことは認める。その余の事実は否認する。

同2の事実のうち、正人が小林林業の代表取締役として対借対照表、損益計算書その他の計算書類を作成し、これらの書類に訴外鈴木からの借受金の記載洩れがあつたこと、被控訴人が小林林業の取締役であつたことは認める。その余の事実は否認する。

同3の事実のうち、小林林業の不動産が控訴人ら主張の金額で競落され、訴外鈴木の主張する債権の一部弁済として支払われたこと、小林林業が倒産後無資力の状態にあることは認める。その余の事実は否認する。

被控訴人は小林林業の計算書類に虚偽の記載をすることについて同意を与えたことはなく、また、被控訴人は小林林業の財産を訴外鈴木のために担保に供することについて協議を受けたことも賛成したこともないから、控訴人らの当審における2、3の主張は、いずれも失当である。

控訴人らの原審における不法行為に基づく損害賠償請求の取下げに同意する。

(証拠)〈省略〉

理由

一  控訴人らの原審における主張及び当審における主張1について

右各主張に対する当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由三1、2(原判決一〇枚目裏八行目から一三枚目裏三行目まで)に説示するのと同一であるから、これを引用する。

(1)  原判決一〇枚目裏八行目の「請求原因」の次に「一項、二項」を加え、同行「1、2」の次に「、3の(一)ないし(五)」を加える。

(2)  同一一枚目表七行目から八行目にかけての「被告正人、被告経子の各本人尋問の結果」を「同第一九、二〇号証、当審証人鈴木政富の証言及びこれによつて真正に成立したものと認める乙第三ないし第五号証、原審証人中嶋光夫の証言、原審における相被告小林正人及び被控訴人の各本人尋問の結果(ただし原審証人中嶋光夫の証言及び原審における相被告小林正人の本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く。)」に改める。

(3)  同一一枚目裏六行目「に一任され」を「が専行し」に改め、八行目「することはなく」の次に「小林林業の従業員の食事の世話や客の接待程度の仕事に従事しただけで」を加える。

(4)  同一二枚目表六行目から七行目にかけての「九月に金一、〇〇〇万円、同年一〇月に金八〇〇万円」を「七月から一〇月までの間合計金二〇〇〇万円」に改め、同裏三行目の次に行を換えて「原審証人中嶋光夫の証言及び原審における相被告小林正人の本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕その余の証拠に対比して措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」を加え、四行目の「及び」から六行目冒頭の「ると」までを「によれば、訴外小林正人は先代小林武人の死亡後小林林業の代表取締役の地位にあつて放慢経営をしたものといわざるをえないから」に改める。

(5)  同一三枚目表一行目の「証拠はなく、」を「証拠はない。」に改め、同行「又」から一一行目「採用できない。」までを「ところで、有限会社においては、原則として各取締役が対外的対内的業務執行権を有し、取締役相互にその業務の執行が適正にされているかどうかを監視、監督すべき義務があり、これを怠つた場合には会社に対する善管注意義務及び忠実義務違反の責を免れないものと解すべきである。しかしながら、有限会社において、定款若しくは社員総会の決議又は定款の規定に基づく取締役相互の互選により代表取締役を定めた場合には、代表取締役のみが対外的対内的業務執行権を有し、一方代表取締役以外の取締役は、これらの業務執行権を有しないのであるから、有限会社の経営上の意思決定及びその執行に当然には関与しえない立場にあり、対外的対内的業務執行権を有する代表取締役の監視、監督を十分に期待しうる制度的保障はない。従つて、代表取締役が定められている場合は、代表取締役以外の取締役の代表取締役に対する監視、監督の義務は、代表取締役が定められていない場合の取締役に比して原則として大巾に軽減されるものと解するのが相当である。そして、本件において、小林林業の代表取締役は正人であり(この点当事者間に争いがない。)、前記認定のとおり、同訴外人が小林林業の対外的対内的業務執行権を専決実行し、被控訴人は取締役とはいうものの名義上のものであつて、実際は従業員の食事の世話や客の接待程度の仕事に従事していたに過ぎず、正人から会社の経営状況につき説明を受けていなかつたのであり、これらの事実からすれば、正人の訴外鈴木からの金員借入及び債務を担保するための会社所有の不動産に対する抵当権設定が正人の代表取締役としての任務懈怠にあたるとしても、右事実が被控訴人に容易に判明しうる状況にはなかつたものと認められるのであつて、以上のような事実関係のもとにおいては、被控訴人が取締役としての職務を行うにつき、悪意又は重大な過失があつたものとはいえない。また、被控訴人が控訴人らの主張する正人の任務懈怠行為について同意したことを認めるに足りる証拠はない。従つて、控訴人らの有限会社法三〇条ノ三第一項前段に基づく損害賠償の請求は失当であり、棄却を免れない。」に改める。

二  控訴人らの当審における主張2について

小林正人が小林林業の訴外鈴木からの借入金債務を貸借対照表、損益計算書その他の計算書類に計上して記載しなかつたことについては、当事者間に争いがない。しかしながら、正人がその作成すべき右各書類に訴外鈴木からの借入金債務を計上し記載しなかつた点について被控訴人の黙示的同意が推認しうる程度に被控訴人が小林林業の経営に関与していた事実、あるいは右不記載の点について被控訴人が認識しうる状況にあつたにもかかわらず被控訴人において異議を留めなかつた事実、その他被控訴人の黙示的同意が推認される特段の事情を認めるべき証拠はなく、右不記載の点について被控訴人の黙示的同意があつたものとは認められない。従つて、控訴人らの有限会社法三〇条ノ三第一項後段、第二項に基づく損害賠償の請求は失当であり、棄却を免れない。

三  控訴人らの当審における主張3について

小林林業所有の不動産が控訴人ら主張の金額で競落され、訴外鈴木の主張する債権の一部弁済に充当して支払われたこと、小林林業が倒産後無資力の状態にあることについては、当事者間に争いがない。しかしながら、被控訴人が正人に対してその対外的対内的業務執行の専決実行につき黙示的かつ包括的に同意を与えた事実を認めるべき証拠はない。控訴人らは、被控訴人が正人に対し、被控訴人の印を預り、小林林業の経営の一切を委ねたことをもつて、正人の右専決実行につき黙示的包括的に同意を与えたものと主張するが、被控訴人は前記のとおり対外的対内的業務執行権を有しなかつたのであるから、被控訴人が正人に印を預けたからといつて、同人の業務執行全般にわたり、取締役として同意を与えたとはいえず、さらに、代表取締役である正人が小林林業の業務を専決実行するにつき被控訴人の取締役としての監視、監督が不十分であつたとしても、直ちに被控訴人が正人の任務懈怠行為につき同意を与えたことにはならない。従つて、控訴人らの有限会社法三〇条ノ二第一項、第二項に基づく小林林業の損害賠償請求権の代位行使を原因とする請求も失当であり、棄却を免れない。

四  以上のとおりであるから、控訴人らの原審における請求を棄却した原判決は正当であり、控訴人らの本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、また、控訴人らの当審における新たな各請求(当審主張2、3)も理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川添萬夫 高野耕一 相良甲子彦)

(別紙) 物件目録(一)・(二)・(三)〈省略〉

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